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発明品ブログ ベータ版

見て楽しい、知って嬉しい発明品。
孫正義さん(ソフトバンク代表)も発明家(2) | 目からウロコの発明小話-vol.8
0
    それでは、ボーダフォン(Vodafone)すら手に入れたソフトバンクの
    孫正義さんが実は偉大な発明家であることをお伝えしました。
    孫正義さんの発明についてご紹介していきましょう。

    「音声機能付き多言語翻訳機」

    孫正義さんは1977年にホーリーネームズ大学から
    カリフォルニア大学に編入されたそうです。

    実は、孫正義さんは大学時代に年間200件!
    を超える発明をし続けたそうです。

    他でもない「事業資金」を貯めるために、
    発明で一山当てなければならないと考えられたそうです。
    いかにも闘う姿勢、立ち向かう姿勢が出ているように思えます。
    (いつも闘ってらっしゃる方ですよね)

    「毎日1件の発明を1年間続けることを自分に課した大学生」
    聞いたことがありません。感激です。
    自分がそうだ、という方がいらしたら是非ご連絡下さい。

    さて、そんな中で知力・体力・時の運・執念・信念
    その他の結晶として孫正義さんが日本に持ち込んだのが
    「音声機能付き多言語翻訳機」。

    しゃべる電子辞書の核となる技術ですね。

    次回はこの「音声機能付き多言語翻訳機」の
    発明についてもう少し書きます。
    お楽しみに。

    …次回に続く


    ==発明品ブログ==

    ©2006 株式会社アバンド



    | 発明家 | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    孫正義さん(ソフトバンク代表)も発明家(1) | 目からウロコの発明小話-vol.8
    0


      ソフトバンクがボーダフォンを買収して
      ボーダフォンがソフトバンクになりますね。

      ボーダフォンの携帯電話を使用していた方にとっては
      期待半分、不安半分といったところでしょうか。

      ボーダフォンの本国、イギリスではあまり
      ボーダフォンの定評は良かったとは言えませんでした。
      昔同居していたイギリス人から聞いた話なので、
      非常に個人的な感想だとも言えますが。

      さて、ソフトバンク代表取締役の孫正義さんの
      お名前を知らない方は少ないと思いますが、
      孫正義さんも発明家だとご存知の方は
      どのくらいいらっしゃるでしょうか。

      恐らく2〜3割の方でしょうね。
      (別に極秘事項というわけではないので
      この程度はいらっしゃると思います)

      LCRや電子辞書などは比較的有名ですが
      調べてみると他にも意外な発明が…。

      いくつか取り上げさせて頂きたいと思います。

      …次回に続く


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      | 発明家 | 20:48 | comments(2) | trackbacks(82) | - | - |
      トトカルチョを発明した人は?(2) | 目からウロコの発明小話-vol.7
      0
        1946年、マッシモ・デッラ・ペルゴラが仲間と設立したシサル社は
        サッカーくじ「トトカルチョ」の販売を開始しました。

        トトカルチョとは、
        「Totalizzatore Del Calcio」(トタリッツァトーレ デル カルチョ)
        を語源としています。直訳すると「サッカーの統計」。

        彼が始めたトトカルチョは徐々に売り上げと当選金額を伸ばし、
        遂には専売公社に権利を奪われるほど…。
        絶頂期には従業員100名以上、営業所も10か所以上という
        イケイケベンチャーとなりましたが、お上には敵いません…。

        トトカルチョを奪われた彼は、競馬くじ「トティップ」の運営を続けますが、
        後年には人種差別法の施行に合わせて自分を追放したメディアに復帰し、
        国際スポーツメディア協会の副会長代理まで務めます。

        彼のジャーナリストとしての代表的な活動には、
        ワールドカップ11回に特派員として出動したほか、
        夏季オリンピックx11回、冬季オリンピックx3回などがあり、
        イタリアは彼の功績に対し「グランデ・ウッフィチャーレ章」
        という功労勲章を贈りました。

        イタリアはトトカルチョの創始者である彼に
        「国家への功労者である」という見方を公言したのです。
        その事実は今も僕達を嬉しくさせます。

        世界戦争から立ち直り続けたサッカーに大きな影響を与えた支援者の1人、
        マッシモ・デッラ・ペルゴラは今年3月、93歳でこの世を去りました。

        ミラノのイスラエル墓地から今回のイタリアの優勝を
        いちサッカーファンとして嬉しく見ていたことでしょう。


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        | 発明家 | 17:19 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
        トトカルチョを発明した人は?(1) | 目からウロコの発明小話-vol.7
        0
          ワールドカップはイタリアの優勝で幕を閉じましたね。
          決勝戦の日、起きて試合を観ようか迷っているうちに眠ってしまい、
          目を覚ましたら後半8分経過したところでした。
          結局ボケながらも「うわっ、ひやっ、」とか言いながら最後まで観ました。

          さて、前回までワールドカップを発明したジュール・リメについて
          書きましたが、今回はトトカルチョを発明した
          マッシモ・デッラ・ペルゴラ(1912.1.12〜2006.3.12:伊)
          について書きます。

          彼はイタリアでスポーツライターをしていましたが、
          1938年の人種差別法施行され、ユダヤ人であった彼は
          スイスに逃亡し国連警察に捕えられて強制収容されます。

          発明は発想であり発想は逆転の哲学!

          彼は強制収容中にサッカーくじのシステムを考案し、
          帰国後すぐにビジネス化に取り付けます。
          というのも、サッカーくじにより大戦で疲弊した社会、
          停滞させられていたサッカーの息吹を吹き返そうと考えたのです。

          1946年、彼が仲間と設立したシサル社は世界で最もエキサイティングな
          クジ、「トトカルチョ」の販売を開始するに至りました。

          …次回に続く


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          | 発明家 | 18:11 | comments(0) | trackbacks(68) | - | - |
          ワールドカップを発明した人は?(4) | 目からウロコの発明小話-vol.6
          0
            1930年、ジュール・リメによりウルグアイで実現された
            第1回ワールドカップ(ジュールリメ杯)はそれ以降
            100年の時を飛躍し続けました。

            実際にはその間2度の世界大戦をはじめ、多くの障壁が有り、
            時には12年間もの大会開催凍結があったりもしましたが、
            2度の世界大戦を超えてなお開催され続けたことを
            僕は間違いなく「飛躍」だと思っています。

            日でも欧でも米でも他でも4年に一度の
            ワールドカップ観戦を楽しみに、
            日々の仕事を頑張り生活を切り詰めて暮らす
            アッツ〜イ人々が数多く居ます。

            人々のこの思いを「生き甲斐」と呼ぶ事が出来ると思う僕は、
            ジュール・リメに対して(もちろんワールドカップ実現に携わった
            全ての人を含めて)大きな尊敬と感謝を覚えずに居られません。

            人の生きる道、人の生き甲斐、生を受ける意味と人生を送る喜び
            について生涯説き続けた仏陀が行った事にも通じるものだと
            受け止めていますが、きっとこれは大げさではないのでしょう。

            トトカルチョだって盛り上がるわけです。
            そうそう、そういえばトトカルチョを
            発明した人にも触れてみましょうか。

            トトカルチョを発明したのはマッシモ・デッラ・ペルゴラ。

            彼については次回書くことにしましょう。
            お楽しみに。


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            | 発明家 | 17:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            ワールドカップを発明した人は?(3) | 目からウロコの発明小話-vol.6
            0
              ジュール・リメはどうやってワールドカップ開催を
              実現させていったのでしょうか?

              当然FIFAが発足した時から世界選手権の開催はその目的に入っていましたが、
              サッカー発祥の地である英国が「他国との圧倒的なレベルの差」
              などを理由に参加をしないなど、多くの問題があり
              なかなか実現させることができません。

              48歳で第3代FIFA会長職に就任したジュール・リメは、
              有能な副官を選抜配置し、政治的交渉力をもって
              英国をはじめ各国との折衝に当たりました。

              そして1930年、遂に記念すべき第1回世界選手権の
              開催にこぎつけることが出来ました。
              ジュール・リメの情熱と手腕によるところが大きいと言われています。
              事実、当時は「ワールドカップ」ではなく「ジュール・リメカップ」と
              言われていたのですが、高さ30センチもある純金製の優勝杯を
              彼は自腹を切って製作しました。

              ちなみに第1回の開催地はウルグアイで行われました。
              というのも、ウルグアイの独立100周年記念の年にあたっていて
              国家プロジェクトとして費用を全て同国が捻出するとしたからです。
              また、ウルグアイが直近のオリンピックを連覇していたことも
              その要因として数える事ができます。

              ジュール・リメにより遂に第1回ワールドカップ(ジュールリメ杯)が
              実現しました。
              ウルグアイ出資によるこの第1回の収支は大きな黒字となり、
              それによりサッカー世界選手権が経済的に成立するものであることを
              実証できたと言えます。

              これ以降、サッカー世界選手権「ワールドカップ」は
              100年の時を飛躍し続けることとなります。

              …次回に続けます。お楽しみに。


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              | 発明家 | 10:58 | comments(0) | trackbacks(2) | - | - |
              ワールドカップを発明した人は?(2) | 目からウロコの発明小話-vol.6
              0
                「ワールドカップの父」ジュール・リメは
                法律家であり出版業界関係者だったらしいです。
                では何故、そのジュール・リメがワールドカップの
                創始者となったのでしょうか?

                これも大変有名な話ですが、ジュール・リメは
                1904年に設立されたFIFA(国際サッカー連盟)第3代会長
                として1921年から1954年までの33年間をサッカーに捧げました。
                フランスサッカー協会の初代会長としても尽力しました。

                彼はプロ、アマチュアを問わないサッカー世界大会の
                実現を心から夢見ていたのです。
                サッカーほど国民を魅了するスポーツは無く、
                サッカーを個人の人生にとって有益で、
                社会的に有益なものだと考えました。

                当時すでにオリンピックでもサッカートーナメントが
                実施されていましたが、もちろんプロの参加は出来ませんでした。
                ここでいうプロとは、給与をもらうだけではなく、
                医療費負担や休業補償を受ける場合も含んでいます。

                しかし彼はプロ・アマの制約など無いところで、
                本気!本心!真剣!魅惑!のサッカー世界選手権を行う必要があり、
                それが自分の夢であり使命であると考えたようです。

                では、そこからどうやって世界選手権の開催を
                実現させていったのでしょうか?

                次回、書きましょう。お楽しみに。


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                | 発明家 | 15:40 | comments(0) | trackbacks(127) | - | - |
                最古の地震計は西暦132年のドラゴンボール(3) | 目からウロコの発明小話-vol.5
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                  前回、前々回と紹介したドラゴンボールで計る世界最古の地震計
                  「候風地動儀(こうふうちどうぎ)」の続きです。


                  渾天説、渾天儀、東京賦、西京賦、方格図、候風地動儀と
                  多岐にわたり後史に残る作品・発明を繰り返した天才「張衡」。

                  通常は一つのことを極めることでも大変なことです。
                  ではダヴィンチ然り、稀代の天才はなぜ複数の分野で
                  平等に活躍するのでしょうか。

                  天才というのは哲学を創造し、消化して表現できる
                  人間なのだと思います。

                  最近、某テレビ局が「BeTARO!」というキャッチフレーズで
                  岡本太郎の壁画「明日の神話」を復活させています。

                  テリー伊藤が岡本太郎との仕事について
                  思い出を語ってました。

                  岡本太郎は演出家としてのテリー伊藤の
                  言うことを全っ然聞いてくれなかったそうです。

                  しかし本番には最高の演出をもって登場したとのこと。

                  レオナルド・ダ・ダヴィンチ、岡本太郎、張衡。

                  天才は才能を万事に通じさせるものなのだと、
                  僕はただただ感心してしまうのでした。

                  個人的にはテリー伊藤も天才だと思っていますが。


                  ==発明品ブログ==

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                  | 発明家 | 17:20 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
                  最古の地震計は西暦132年のドラゴンボール(2) | 目からウロコの発明小話-vol.5
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                    張衡(ちょうこう)…AD.78〜139

                    前回紹介した「候風地動儀(こうふうちどうぎ)」という世界最古の地震感知器を発明した中国の学者です。

                    勤勉多才であった彼は、天文学、文学、絵画、
                    地学、政治、自然科学など多くに通じていたそうです。

                    優れた学者が優れた芸術家であることは、
                    レオナルド・ダ・ヴィンチにも通じることで、
                    哲学がその根底にあったのだと僕は解釈をしています。

                    さて、ここで彼の作品群を紹介してみましょう。

                  • 渾天説
                    宇宙と地球の在り方を解く当時としては先鋭的な説を完成


                  • 渾天儀
                    水の力でギアを噛ませて自力で1日1周する地球儀を発明


                  • 東京賦,西京賦
                    後史に残る優れた叙情文学


                  • 方格図
                    縦横100里で区切った“地球が丸くなかった時代”の地図


                  • 候風地動儀
                    前回紹介したドラゴンボールを利用した地震感知器を発明


                  • “張衡”のイメージ検索結果 (with Google)


                    これだけの事を成し遂げる張衡とは?
                    歴史に残る天才とは?

                    少し長くなったので次回に続けましょう。
                    お楽しみに。



                    ==発明品ブログ==

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                    | 発明家 | 19:00 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
                    最古の地震計は西暦132年のドラゴンボール(1) | 目からウロコの発明小話-vol.5
                    0
                      「候風地動儀」(こうふうちどうぎ)。
                      地動儀とも呼ばれる世界最古の地震感知器です。

                      壺の周囲に8体の龍が付いていて、それぞれ青銅の玉をくわえています。
                      また、それぞれの竜の下にはカエルが口を開いて待ち構えています。

                      実は、ドラゴンボールを待つカエルというのを初めて見ました。

                      もう仕組みがお分かりの方も居らっしゃると思いますが、
                      地震が起きると龍がカエルにドラゴンボールを与えます。
                      地震の揺れでボールが龍の口からこぼれて落ちる仕組みですね。

                      もちろん、龍が8体も付いているのは、
                      どの龍がボールを落としたか(どのカエルがボールを受けたか)で
                      震源の方角を見定めるためです。

                      “地動儀”のイメージ検索結果 (with Google)

                      この世界最古の地震計を発明したのが、後漢の張衡という学者です。
                      張衡については、次回書きましょう。

                      お楽しみに。



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                      | 発明家 | 15:09 | comments(0) | trackbacks(21) | - | - |